中国シルクロードの旅

シルクロードへの添乗記を通して中国いやシルクロードを語ってまいります。

西安で園芸博がもう間もなく開催されます!

え?あの西安で、園芸博が今年4月28日に開幕されるようです。
でも、あの西安で???
私が西安に初めて降り立ったのが、かなり前。
西安に到着したのが、予定よりかなり遅れたので、
急遽、空港のレストランで食事をすることになりました。
そのレストランの名前、中国字で「シルクロードレストラン」でした。
シルクロードフィールドノートの初日でしたので、団員みなさな感激。
次いで、私も感激して、ビール飲み放題に

食事の跡、見慣れた日本の中古中型バスに団員を乗せ
荷物はこれもまた見慣れた佐川急便の中古のトラックへ。

空港から西安市内までボロボロの道を
バスの運転手、かなり飛ばし屋で後ろの席に座っているみんな
遊園地にいるようでした。

やっと西安賓館に到着したときは、腰が痛いと訴える団員が多かったです。

そんな西安で園芸博開催、行ってみたいなあ。

玄奘のシルクロード、松原哲明著

久しぶりにシルクロードという文字が目に入ってきた。
すぐに、その本を手に取った。読もうと!

その本は、「玄奘のシルクロード)龍源寺住職の松原哲明著
松原哲明さんは、玄奘に憧れ、シルクロードへ100回以上も行っている。
100回以上とは、半端じゃない数字。

このブログを見られているあなたなら
私が、シルクロードツアーの添乗員として各地を回ったのはご存じのはず。

西安から宝鶏、武威、酒泉、嘉峪関、蘭州から莫高窟、天山北路、天山南路、タクラマカン砂漠縦断、和田、カシュガルなどなど

この本、これから時間かけてじっくり読み進めていきたい。

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中国甘粛(かんしゅく)省などに土砂災害にお見舞い

中国北西部の甘粛(かんしゅく)省甘南(かんなん)チベット族自治州舟曲(どぅくちゅ)県で8月8日に土石流災害でたくさんの方々が亡くなられたそうです。お見舞い申し上げます。

新疆ウィグル自治区:シルクロード:カシュガル脱出

やっとカシュガルの砂嵐が収まり、空港再開。
我々の乗る飛行機がウルムチから到着した。やったあ。
ウルムチ空港で乗り継ぎ、上海へ向かった。

予定通り、上海空港へ到着し、ホテルへ向かった。

14日間の予定が1日延びて15日のツアーになり
参加者すべてがお疲れ状態。が、上海へ到着すると
みんな機嫌がすこぶるよくなっていた。

おまけに、やらなくても良いサービスをした。
その日の夕食を豪華にして飲み放題にした。
(※この判断が帰国後・・・偉い目に!)

上海市内のとあるレストランで生演奏つきのディナー。
そして、料理も追加して、飲み物も追加して行った。

もちろん、参加者大満足。

無事に帰国した。

が、が、が、・・・。

帰国後会社へ出勤。清算書作成。
上司へ提出。こっぴどく怒られた。
(収益がそこそこに減ってしまったものですから)

※上海の大判ぶるまいが・・・・・・
 まあいいか。来年もこのツアー実施するのですから!と。
これは、私の胸もうちにしまいこみました。

来年(次年度)は新疆ウィグル自治区のお隣の国に行く予定!
(今では危なくて行けない?)

新疆ウィグル自治区:シルクロード:カシュガルの砂嵐で

明日はカシュガルからウルムチへ飛行に乗ってと思っている時
スルーガイドが慌てて、私のところへやってきた。
え?いや〜な予感!そのいやな予感が的中しました。

砂嵐のため、カシュガルの空港が閉鎖になった。
と言うことは我々の搭乗する飛行機が来ない!と言うこと。
カシュガルの空港が再開しないと、ここカシュガルから
動けない。えええええ。

団員へ伝えた。
最初は、「どうして?」と詰め寄られましたが、
「砂嵐」が理由と話すと諦めてくれました。
が、いつ再開するのかと矢継ぎ早に質問が。
「我々は、最新の情報をキャッチして次の行動に移ります」ときっぱり。

団員をフリータイムにして、我々はホテルと交渉。
団員の宿泊を確保して、次には、カシュガルの空港へ急いだ。
カシュガルの空港へ近づいても砂嵐のため、見えない。
やむなく、ホテルへ帰り、情報を待つことにした。

早く、カシュガル空港再開してくれ!!!!!

シルクロード:新疆ウィグル自治区ホータンからカシュガルへ

ホータンでは、人間は何歳まで男を続けられるのか
分からなくなった。90歳越えていると自分で言っていた人が
実は新婚さんだったりする。え?何人目の奥さん?
また、その新妻がよく働くのです。

そんなホータンを後に、我々一行はカシュガルへ。

途中は7,000m級の山々を近くに見ながらバスは進んでいった。

カシュガルに入ったとき、全員が驚いた。
今まで田舎?しか通っていなかったのです。
カシュガルに入った途端、人、人、人。

エイティーガール寺院の見学や市場でのショッピングを楽しんだ。

そしてウィグル人の街を散策した。
楽器専門店など商店街があり、凄く活気を感じた。
どの楽器を見ても非常に精巧に作られていた。
鍛冶屋もあり、馬の蹄鉄をまさに作っていた。

ウィグル人の子ども達も可愛く、皆が皆、笑顔が輝いていた。

カシュガル観光の後、とんでもない情報がもたらされた。
砂嵐のため、飛行機が飛ばない。えええええ。

シルクロード:新疆ウィグル自治区:ホータン(和田)

ニヤからホータンへ。
そんな距離は離れていなかった。
今までは道なき道をひたすら、お尻がいたくなるのも
我慢して長距離を移動してきた。

お尻が痛くなるは、
あまりにもポンコツバスで高速を出すので
そして、道がでこぼこなので体がバウンド。
その挙句が「お尻が痛い」となる。

ホータンでは、染物工場の見学。
工場といっても、普通のウィグル人の家(少々広い)で
染物をしていると言う。昔、日本のどこかで見たような感じ。

そこで、「驚きが!」

三十代と見られる女の人がせわしなく働いていた。
また、周りにその女の方のおじいちゃん達がいた。
と我々は思った。

が、が、が。

何と夫婦だったのです。


何と、推定年齢差、60歳は普通でした。
もっと離れた夫婦もいました。
え?(羨ましい?)

また、カップルすべて仲良くしているのです。(いいなああ)

シルクロード:新疆ウィグル自治区クチャからニヤへ

タクラマカン砂漠を縦断して、途中途中で砂漠を十分堪能した。
約600キロのタクラマカン砂漠を走り終わり、やっとニヤに到着した。
が、が、が、

運転手があるホテルで車を止めた。我々とスルーガイドと現地ガイドで
そのホテルへ入り、確認すると何と、予約が入っていない。
え、え、え。

ここまで来て野宿?そんなばかな。

団員に伝えると、ブーイングの嵐。
兎に角、町のホテルを探すことに。
次に行ったホテル(賓館)でほっとした。
予約があったのです。

その当時、電話も通じなく本当に予約が取れているのか
正直言って心配だったのが、「その予想が当たったのです」
今までで、最低のホテルだった。
それに添乗員の部屋は従業員部屋だった。
(あまり良い部屋とは言いがたい)

まあ、それでも野宿よりはましかなあと諦めました。

翌日、ニヤから和田(ホータン)へ。





シルクロードトルファンから西へ天山南路

トルファンから日本の中古のマイクロバスに乗って
悪い道をひた走りに走り、亀滋国、クチャに到着。
クチャに到着後、タクラマカン砂漠縦断の準備。

つまり、お昼ご飯を全員分用意しないといけないのです。
スイカが豊富なので、スイカなどを用意。もちろん、ミネラルウォーターも用意。
その日は翌日のタクラマカン砂漠縦断に備え早めの夕食を摂り就寝。

朝早く目が覚め、ホテルの周りを散策。
気持ちの良い朝を迎えることができた。
今から昨年開通したばかりの油田道路を走る。

中古のマイクロバス2台、そして荷物用の車1台
そして、昼食を載せたトラック1台。
クチャを離れ少し東に走ると、油田道路の入り口が見えた。

我々以外には観光バスがいない、仕事用のトラックばかりでした。
この油田道路は私の記憶では全長600キロ、
時速100キロで走っても6時間かかる計算。
タクラマカン砂漠のど真ん中を走っていった。
最初は皆、興味津々。


途中で休憩、もちろんサービスエリアなどはない。
トイレは右は女性、左は男性とそれぞれ遠くはなれて用を足した。
開放感でいっぱいの感じでした。

走行している間に昼食の時間になり、
機能から用意していた者を全員に配り、
おのおの食べ始めました。
結構新鮮で美味しかった。

お腹もいっぱいになり、砂漠をみんな歩いて行った。
足をとられそうになったりで流石に歩きにくかった。


シルクロード第三弾トルファンからカシュガルへ2

中国シルクロード第三回の出発です。
今回は中国国際航空で北京まで飛び豪華なホテルに宿泊した。
いよいよ明日から新疆ウィグル自治区周遊の旅が始まる。

北京空港から近くのホテルに宿泊したので
空港まで予定通り到着し、ウルムチ行きの飛行に参加者全員乗った。
中国は広いと実感させられた。

中国の国内には時差を設けていないので
実際の時間間隔と大きな隔たりがあるのです。

ウルムチ空港で現地ガイドと合流し、ウルムチホリディインに向かった。前年もこのホテルに泊まった。このホテルの服務員はてきぱきと
動いてくれたので大いに助かった。

翌日、ウルムチからトルファンへ。
丁度その時ウルムチではワイン祭り開催中でした。
さまざまなワインを堪能するが、ほとんどのワインが
甘いのには参った。

トルファンには例の火焔山があり、山肌が赤いのです。
近くに行くと熱いと思わせる色なのです。
孫悟空が500年ぶりに助けられた山としても有名ですね。
その火焔山の裏に当たるのが、ベゼクリク千仏洞がある。

トルファンの近くには高昌故城(玄奘三蔵が天竺へ行く途中2ヶ月滞在したことでも有名ですね。)や交河故城があります。

トルファンは海抜0メートルそして降雨量も少ない。
が、地下に流れているカレーズを利用してぶどうなどを
栽培し、干しぶどうの種類が豊富でこれがまたまた美味しいのです。

真夏に行ったので、熱くてたまりませんでした。

カシュガルで悲惨な事件が

カシュガルへはるばる日本からバス2台をチャーターして行った。
長い道のりでした。

日本の関西空港から北京そして北京からウルムチへ

ウルムチからトルファンへ
トルファンは、西遊記で有名なかかざんのある町。
ぶどうの産地でもあり、干しぶどうであればトルファンへ。

地下水を利用して干しぶどうを作る。ここれはこれは美味である。

トルファンから天山南路を西へ走り、油田道路(タクラマカン砂漠)
を真南へ中国の最高齢の人々が住むといわれるホータン(和田)へ

ホータンでは40歳、50歳離れた夫婦はごく普通らしい
ほんとうらやましい限りです。もちろん年上は男性です。ハイ。

ホータンから西へ西へひた走ったところにカシュガルがある。

エーティガール寺院などイスラムの香りがします。

そんなカシュガルで悲惨の事件がおきました。

私は今でも強烈に覚えていますが、
ウィグルの人たちは決して凶暴ではありません。

我々日本人にとてもとても親切でした。

楽器を作っているお店や馬の蹄鉄を打っているところや
ほんと昔の日本そのものでした。

またカシュガルへ旅したいものです。

その時に感じたのがやっぱり中国語くらいは出来ないと・・・

スキマ時間に聞き流すだけで中国語がペラペラになる方法とは?クリック>>

シルクロード張掖から酒泉・嘉峪関へ

シルクロードの旅
今回は張掖から酒泉・嘉峪関へ

酒泉の名前の由来になった酒泉公園にある泉は、今でもコンコンと
清らかな水を湧きだしている。また、「夜光の杯 葡萄の美酒」
ではじまる有名な唐の時代の詩に出てくる、夜光杯は酒泉で作られている。

ここで問題発生。飛行機の座席が確保されていない。との情報が
現地ガイドから寄せられる。私とスルーガイドのチェンさんとで
タクシーに乗り酒泉の空港へ。到着して我々は「ここが空港?」
と叫んでしまいました。粗末な建物があり、裏にあまりきれいとは
言えないトイレが。それだけじゃなく人が誰もいない。
どうすることも出来ない我々はホテルへトンボ帰り。

その間団員は現地ガイドと一緒に嘉峪関へ。
街の人口は12万人と少ないながら、鉄鋼都市としても発展している。嘉峪関は市内から7kmほど北にある。
明代の万里の長城は、東は「天下第一関」山海関から始まり西は
「天下雄関」嘉峪関で終わる、世界最大の建造物。

嘉峪関は1372年に着工、外城と内城からなり、外城は周囲1100m、内城は周囲632m、高さ11mの土塀で囲まれている。天下雄関と書かれた外城の門をくぐり、しばらく歩いて、東門の光華門から内城に入り、内城の城壁を登り一周して、光華楼、柔遠楼、嘉峪関楼を見て戻ってくる。

まさに威風堂々という言葉ぴったりの高さ17mの三層からなる楼閣、城壁の上から見える南へ連なる長城(更に南に7km、万里の
長城第一トンで終わる)、祁連山、黒山、馬ソウ山、ゴビ沙漠の景色、見るものを失望させない大きさを持っている。

中国で桜・・・ですか?

中国へは何度も足を運びましたが、桜?ぴんときません。
私の訪れた時期を思いだしました。
7月、8月、10月、11月だったのです。

北京、上海、桂林、広州、西安から蘭州
新疆ウィグル自治区などなど

夏のゴビタン、桂林ののんびりとした川下り。

今年は北京オリンピック。
桜はどの国の人々も心穏やかにしてくれるのだろうなあ。


秦始皇帝陵で新発見

秦始皇帝陵で新発見、地中に高さ30メートルの古代建造物

西安空港に市街地まで遠かったなあ。おかげでお尻が痛かったよう。
バスのうんちゃんの飛ばし方半端じゃなかったもんなああ。

西安郊外にその秦始皇帝陵がある。この陵、これまた半端な広さではない。新発見といってもこれからもどんどん出てくるような気がする。

中国敦煌、地下水位が急激に低下

中国敦煌、地下水位が急激に低下、工農業や生活に深刻な影響

敦煌は甘粛省の河西回廊西端に位置し、古代「シルクロード」の要地で、莫高窟や月牙泉など有名な観光名所があり、人々の憧れの地となっている。敦煌地区の地下水位は1976年から2001年までに累計10.77メートル低下、現在も毎年0.24メートルずつ下がっている。 ...
http://jp.ibtimes.com/article.html?id=8530

今後地下水位がどんどん下ると観光できるのだろうか。敦煌空港に降り立ち敦煌のホテルへ直行、少し休んだ後、莫高窟に出かけた。お昼を取りにホテルへ戻り、夕方、月牙泉へ見学に行った。駱駝にも乗った。

シルクロード第二弾敦煌から

シルクロードへ3年続けて行った。その第一弾はこのブログで書いている通りです。第一回は名古屋空港から上海・西安へ飛び、西安からはオールバスで甘粛省(かんしゅくしょう)河西回廊(かせいかいろう)をひた走り、嘉峪関までの14日間長かったなあ。

シルクロード第二弾は
関西空港から北京・敦煌へ。
敦煌からトルファン(火焔山(かえんざん)がある街)そして甘粛省(かんしゅくしょう)の州都であるウルムチ、そこを基点に天山北路をこれもまたバスでひた走りに走った。ハミウリの名の由来のハミからイーニン川のイリまで。イリからは飛行機でウルムチへ戻り、ウルムチから上海、関空へと帰りました。

シルクロード第三弾は
これがまたまたユニークなツアーになった。
あなたはタクラマカン砂漠の油田道路をしているだろうか。
ウルムチから西へバスを走らせ、クチャ、コルラへ。
クチャから少し戻った(東へ)ところにその油田道路の入り口がある。
なんと600キロもある道路なのである。

行けども行けども砂漠が続き、景色にもうんざりするぐらいだ。
油田道路を抜け、ニアへ。あのニヤ遺跡で有名?なところだ。
現在ニヤ遺跡には行けませんが
ニヤからホータン(和田と書きます)ここは長寿の村として超有名ですね。90歳代で再婚、それも相手の女性は25歳。こんな話、よく耳にしました。(羨ましいと思っているのは、もしかしてあなたですか?)

ホータンからバザールで有名なカシュガル。
カシュガルは楽器職人のいるところとしても名をとどろかしている。

これらの添乗記は時間を見つけてぼちぼち書いていきますね。
乞うご期待!(期待していないって・・・)

中国のシルクロード

シルクロード(Silk Road)は、中国と地中海世界の間の歴史的な交易路を指す呼称である。絹の道とも呼ばれる。日本でこの言葉が使われるときは、特にローマ帝国と秦漢帝国、あるいは大唐帝国の時代が念頭に置かれることが多い。wikipedia

大学生と一緒に行ったシルクロードの旅。名古屋空港から上海経由西安へ。そこから長い長いバスのシルクロードの旅が始まる。ここでは西安からバスに乗り最後嘉峪関までの道のりを旅行記で綴ります。
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