中国シルクロードの旅

シルクロードへの添乗記を通して中国いやシルクロードを語ってまいります。

シルクロードの役目とは

シルクロードは、ユーラシア大陸の東西を繋ぐ交易路を「絹」に象徴させて呼んだものである。その由来は、古代に、中国で産出する絹が長らく他地域では生産されることがなく、東南アジア諸国やインド、西アジアはもちろん、遠くローマ帝国でも貴重な奢侈品として渇望され、遠隔地貿易の対象となったためである。

絹の製法は、6世紀にサーサーン朝(ペルシア)へ伝わり、東ローマ帝国にも伝播したが、生産量は限られ、品質も中国産に太刀打ちすることができなかったので、長らく中国産の重要性は残った。かなり後の時代になっても、西アジアのイスラム世界には陶磁器や絵画など中国の優れた美術工芸品が輸出され、中国は技芸に優れた国として認識されていた。

また、シルクロードは単に交易路であるだけではなく、東西文化交流の重要な通路でもあった。西方からシルクロードをつたって中国に伝播した文明の代表格は仏教であり、また唐代にはゾロアスター教、マニ教、ネストリウス派キリスト教など様々な宗教が中国に伝来した。唐の都長安(現在の西安)の大秦景教流行中国碑や、日本の奈良の正倉院に残るサーサーン朝ペルシア製のガラス器(琉璃碗)は、シルクロードが様々な文明と文化を伝えた時代を物語る遺物として取り上げられる。wikipedia

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